大判例

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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)10648号 判決

原告

坂井浩文

被告

山田勝保

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金一一三六万九七一七円及び内金一〇三三万九七一七円につき平成元年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金二二二〇万八二六七円及び内金二〇二〇万八二六七円につき平成元年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告山田が被告上保の保有する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転中、道路工事に従事していた原告に衝突し、原告が負傷した事故について、原告が被告山田に対して民法七〇九条に基づき、被告上保に対して自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

日時 平成元年二月二三日午後九時一〇分ころ

場所 大阪府池田市畑二丁目三番五号先路上

態様 原告が道路舗装の切断工事に従事中、被告山田が運転する被告車が原告に衝突し、原告が頭部外傷、頸部捻挫、腰部捻挫、脊椎過敏症(外傷性)、両膝部打撲、後頭神経痛の傷害を受けた。

2  責任

被告山田は民法七〇九条に基づき、被告上保は自賠法三条に基づき、それぞれ原告に対し、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療費 三六三万二六二四円

(二) 通院交通費 四九万七一一〇円

(三) 入院雑費 二四万一八〇〇円

(四) 家族交通費、医療装具等 二二万一〇二八円

4  損害の填補

原告は、本件事故に関し、一三六一万一五〇五円の支払を受けた。

二  争点

1  原告の損害額(休業損害、逸失利益、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、弁護士費用)(原告は、自賠法施行令二条別表第九級一〇号に相当する後遺障害があると主張し、被告らはこれを争う。)

2  過失相殺(被告らは、原告が、夜間、小雨が降つている中で、道路工事の表示をしないまま、夜光衣を着用せず、黒つぽい上着を着用して作業をしていたとして、一割の過失相殺を主張し、原告はこれを争う。)

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし三、一〇、一一、検甲一ないし三、乙一の1、2、二ないし九、検乙一ないし二九、証人糸原学、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故状況

本件事故現場は、東西に伸びる車道部分の幅員が約七・一メートルの中央線のある道路の東行車線上である。本件事故現場付近は、平坦なアスフアルト舗装で、街路灯(水銀灯)があるため夜間でも明るい場所であり、本件事故当時、小雨が降つて路面は湿潤していた。本件事故当時、被告山田は、被告車を運転して東西道路の東行車線の中央線寄りを時速約三五キロメートルの速度で東進し、本件事故現場の西約二八・六メートルの地点に差し掛かった。その際、被告山田は、本件事故現場からさらに約一五メートル先の東行車線左端に黄色の回転灯を点灯している工事用トラツクと、右トラツクのすぐ南東側の西行車線上を対向西進してくる車両とを認めたことから、それらの方向を見つつ、少しブレーキを踏んで時速約二〇キロメートルに減速し、進路をやや左に変更しながら東進した。そして、被告山田は、右減速開始地点から約二五・一メートル東進したところで、視線を進路の直前に戻したところ、進路前方約三・五メートルの地点に原告が背中を向けて道路工事用のコンクリートカツター(長さ一・六メートル、幅〇・九五メートル、高さ一・三メートル、重量約四〇〇キログラムで、車輪付のもの)を東向きに押しているのを認め、急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車の右前部が原告の背中付近に衝突し、原告は、右衝突地点から前方に約四メートルはね飛ばされて路上に転倒した。他方、本件事故当時、原告は、他の同僚一名とともに本件道路の東行車線における道路舗装改修工事に従事しており、その同僚が前記工事用トラツクを運転して本件道路左端を先行しながら、原告がアスフアルト舗装を前記カツターで切断する役割分担で作業をし、最初の工事箇所の作業を終えて次の工事箇所に移動するため、原告が前記カツターを押していた際に本件事故が発生した。また、本件事故当時、原告は、黒つぽい防寒上着と白色ヘルメツトを着用していた。

2  原告の受傷及び治療状況等

原告は、本件事故後、救急車で正愛病院に搬入された。右初診時における原告の症状は、意識は正常であつたものの、逆行性健忘があり、頭痛、吐き気を訴えていたが、CT検査、レントゲン検査の各結果には異常がなかつた。そして、正愛病院の医師は、頭部外傷Ⅱ型、脳震盪、頸椎捻挫、腰背部打撲挫傷、腹部打撲、両膝打撲擦過傷の傷病名で約二週間の安静加療を要するとの診断をし、原告は、本件事故当日から右病院に入院して治療を受けた。右入院期間中、安静、投薬等の保存的治療が行われた結果、経過は良好で、平成元年三月九日に転医のため退院した。右退院の数日前から右退院時までの原告の症状は、頸部から下背部にかけて痛みがあつたが、スパーリングテスト、腱反射に異常はなく、知覚、運動機能にも障害がなかつた。右退院後の平成元年三月一四日、原告は、新協和病院で受診したが、その際、腰痛、左大腿のしびれ、項部痛、全身倦怠感を訴えていた。そして、原告は、平成元年一〇月七日まで右病院に通院(実日数一三五日)して治療を受けたが、右通院当初に行われた、腰部、頸部のレントゲン検査の結果に異常はなく、注射、湿布による治療が行われ、同年五月六日からは、頸椎牽引が併せて行われた。原告は、右通院中の同年三月二二日ころから耳鳴り、同年五月六日ころから手指のしびれ、同月二七日ころから睡眠障害、同年六月三日ころからめまいをそれぞれ訴えるようになつた。その後、原告は、同年一〇月一一日に大道病院で受診したが、その際、原告は、めまい、頭痛、耳鳴りを訴えていたほか、頸椎の後屈時に第七頸椎棘突起につつぱりが起こり、両手指のむくみと疼痛、背骨の棘突起痛、左大腿外側のしびれ、腰痛、両膝蓋骨の前面の痛みを訴えていた。大道病院の初診時に行われた頸椎のレントゲン検査の結果では、頸椎の生理的前弯が消失していたが、これは、頸部捻挫によつて頸部周囲の筋肉の緊張が強くなつたために起きるものである。そして、原告は、同年一〇月一二日から大道病院に入院し、内服薬、注射、神経ブロツク、理学療法を主とする治療を受け、症状が徐々に軽減したので、平成二年三月三一日に退院し、以後、同年九月一七日までの間、右病院に通院(実日数一一四日)し、右入院中と同様の治療を受けた。なお、原告は、新協和病院、大道病院で治療中の平成元年五月一七日から平成二年八月八日までの間、大阪大学医学部附属病院に通院(実日数四〇日)して、耳鳴り、めまい等に関して治療を受けた。その後、大道病院の医師は、原告の傷病名が頭部外傷、頸部捻挫、腰部捻挫、脊椎過敏症(外傷性)、両膝部打撲、後頭神経痛であるとし、これが平成二年九月二一日に症状固定したとの診断をした。右症状固定日当時における原告の自覚症状は、頭痛、頸部痛、腰痛、肩こり、体全体のむくみ、全身のふるえ、吐き気、胸部痛、耳鳴り、めまいであり、他覚的所見としては、頸部、背部、腰部に著明な疼痛と運動障害が残存し、とくに、運動は正常の二分の一以下に減少し、頸椎の運動時には、背部への放散痛、激痛があつたほか、MRIの検査結果では、頸椎、腰椎ともに外傷性と考えられるヘルニアの所見があつた。また、平成二年一二月に行われたMRIの検査結果では、腰椎については、全体に脊椎管狭窄気味で、第三腰椎と第四腰椎との間に軽い椎間板ヘルニアが存在しており、大脳については正常範囲内にあり、頸椎については、第四頸椎と第五頸椎との間、第五頸椎と第六頸椎との間にそれぞれ軽い椎間板ヘルニアが認められた。なお、大阪大学医学部附属病院の医師は、原告の自覚症状である耳鳴り、悪心、ふらつき、頭痛、不眠のうち、ふらつきは、深部覚障害による可能性が強く、頭痛、不眠等の精神神経症状は、本件事故後のうつ状態に起因するとの判断をしている。原告は、本件事故後、重い機械を押せないため、土木工事業(道路舗装切断業)を廃業した。右廃業後、原告は、三か月間程度、石鹸を箱詰めする作業に従事したが、首、腰の痛み等があつたため、右勤めをやめ、現在は無職である。原告は、昭和一八年五月三〇日生まれ(本件事故当時四五歳)である。

二  損害

1  休業損害 六四一万八八〇円(請求八六四万円)

本件事故当時、原告は、従業員一人を使用し、個人で土木工事業を営んでいた。原告の昭和六三年分の申告所得額(妻を事業専従者とする専従者給与額八四万円を控除後のもの)は、三二二万二七〇〇円である(甲四、五、原告本人)。右に認定した事業専従者として申告されている原告の妻と原告との身分関係、原告の従業員数からすると、原告の本件事故当時における年収は、右申告所得額三二二万二〇〇円に右専従者給与額を加えた四〇六万二七〇〇円(一日当たり一万一一三〇円。円未満切り捨て、以下同じ。)と解すべきである。

さらに、前記一2(原告の受傷及び治療状況等)で認定した原告の症状、治療経過からすると、本件事故と相当因果関係のある休業損害としては、六四一万八八〇円(本件事故当日から症状固定日であると認める平成二年九月二一日までの五七六日間について一日当たり一万一一三〇円を適用)となる。

2  逸失利益 九三〇万九〇二七円(請求一一二九万七二一〇円)

前記一2(原告の受傷及び治療状況等)で認定したところによれば、原告は、本件事故後、正愛病院を退院するころは、頸部から下背部にかけての痛みがあつたものの、経過は良好であつたが、本件事故から約二〇日後には左大腿のしびれを、本件事故の約一か月後からは、順次、耳鳴り、手指のしびれ、睡眠障害、めまいを訴えるようになり、症状固定日当時には、前記認定の自覚症状を訴え、他覚的にも、頸部、背部、腰部に著明な疼痛と運動障害が残存する状態になつたが、右症状固定日当時の原告の症状については、前記一(本件事故状況)で認定したところによれば、原告は、被告車に背後から不意に衝突されて約四メートルはね飛ばされて路上に転倒したのであつて、原告が無防備の状態で、その背部、頸部等に相当強い衝撃を受けたことは明らかであるうえ、MRIの検査結果では、頸椎、腰椎ともに外傷性と考えられる軽い椎間板ヘルニアの所見が認められたことからすると、症状固定日における各症状のうち、頭痛、不眠等については、本件事故後のうつ状態に起因する可能性が高いと解されるものの、その他の各症状については本件事故との間に相当因果関係があるというべきである。そうすると、原告は、右症状固定日から一〇年間(中間利息控除として、一一年間の新ホフマン係数八・五九〇一から一年間の新ホフマン係数〇・九五二三を控除した七・六三七八を適用。)について、三〇パーセントの労働能力を喪失したと解するのが相当であり、本件事故と相当因果関係のある逸失利益としては、九三〇万九〇二七円(年収四〇六万二七〇〇円に前記新ホフマン係数と労働能力喪失率を適用。)となる。

3  入通院慰謝料 一八〇万円(請求三五七万円)

前記一2(原告の受傷及び治療状況等)で認定した原告の症状、治療経過に、本件事故状況、その他一切の事情を考慮すれば、入通院慰謝料としては一八〇万円が相当である。

4  後遺障害慰謝料 四五〇万円(請求五七二万円)

前記一2(原告の受傷及び治療状況等)で認定した原告の症状固定日当時における原告の症状に、前記二2(逸失利益)で判示したところを併せ考慮すれば、後遺障害慰謝料としては四五〇万円が相当である。

5  弁護士費用 一〇三万円(請求二〇〇万円)

原告の請求額、前記認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、一〇三万円が相当である。

三  過失相殺

前記一1(本件事故状況)で認定したところによれば、本件事故は、被告山田が前方注視義務を充分に尽くさなかつたことによつて発生したもので、被告山田の過失は大きいが、他方、原告も、本件事故現場付近には街路灯があつて比較的明るい場所であり、原告が立つていた地点からさらに約一五メートル東側には、工事用トラツクが黄色の回転灯を点灯させてはいたものの、本件事故当時、原告は、夜間で小雨が降つている中で、黒つぽい上着を着用し、東行車線の中央付近で右カツターを押して歩いていたのであり、しかも、西行車線に対向車がいる場合には、その前照灯に眩惑され、被告車の進路からは原告の存在がより一層見分けにくくなると解されることからすると、本件事故発生について、原告にも一〇パーセントの過失があるといわなければならない。そうすると、二六六一万二四六九円(前記二1ないし4の合計二二〇一万九九〇七円と前記争いのない損害合計四五九万二五六二円の合計額)に前記過失割合を適用した過失相殺後の金額は、二三九五万一二二二円となる。

四  以上によれば、原告の被告らに対する請求は、一一三六万九七一七円(前記過失相殺後の金額二三九五万一二二二円に前記二5の弁護士費用一〇三万円を加えた金額から前記争いのない損害の填補額一三六一万一五〇五円を控除したもの)と内一〇三三万九七一七円(弁護士費用を控除したもの)につき本件交通事故発生の翌日である平成元年二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

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